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【日記・日報】2022/11/27

推敲を極力避けた、走り書きの日記帳。

何歳になっても下積み時代のことを思い返せるように、ここに残した文章が私の死後も公共財となるように。

●筆者プロフィール

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北澤千晃

25歳。青山学院大学法学部中退。魚屋で働きながらダンサー・モデル・ムーブメントアーティストとして活動中。 なるべく金銭的問題に制限されずに表現活動をするため、そして自らの力で強度の高い演出を作れるようにするため、仕事と芸術の両輪で下積みをしています。

●各種SNSをやってます。

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北澤 千晃/chiaki kitazawa (@chiaki_kitazawa) / Twitter
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twitterは突発的に思いついたことのメモ書き、instagramは踊りや日々の勉強の記録場として運用しています。
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5:25

4:30に起床したあと、活動開始に20分、散歩に20分、プロテイン飲んだり軽食摂ったりに15分使った。
寒くなってきたからか、布団から出るのにいつも以上に時間を使うようになってきてしまった。

筋肉痛

昨日やった運動の筋肉痛が現れており、背筋・肩甲骨周りがかなり凝っている。

あんまり背部を使う激しい運動やった記憶はないんだけど、倒立をするときに新しい感覚入力の仕方を学んだ結果として筋肉痛が出てきたのかなと分析している。
ローテーターカフの凝りが凄まじいから、今日は久しぶりに立甲をやろうと思う。

高負荷トレーニングを行なった脚は疲労を感じるけれど、まだ筋肉痛にはなっていない。

6:00に出勤準備を始める。それまではストレッチに時間を使うことにする。

今日の日記は【落合陽一の未来予測】後編動画の感想の続きをメインのコンテンツにしたい。

16:06

終業、買い物して帰宅した。

少し軽食摂って日記を書いたら河川敷へ出かけて読書かストレッチか書き物か、をする。
行ったときの気分で決める。

日記を公開するようにし始めてから1週間が経つ。
起床後や退勤後など、こまめに日記をつける時間を作るのが癖ついてきて頭のモード切り替えに役立っており、なかなか生活が順調だ。
ただ、私は躁鬱の気質を持っており、調子のいい時ほどのちに鬱状態になったときに強烈な反動がやってくるため、順調に生活できているとしてもあまり有頂天になりすぎず、落ち着いて過ごすことを心掛ける必要がある。
このマメさや調子の良さが単に躁状態特有のものでなければいいな、と思っている。
調子が悪いときも、1行でも1分でもいいから日記を書いたりトレーニングをしたり、習慣だけは疎かにしないようにしたい。

それでも、ここ半年くらいを振り返ってみると、躁期と鬱期の振れ幅が昔よりだいぶ少なくなってきているのを感じているので、歳を重ねるにつれてようやく精神状態が安定するようになってきたのかなと思う。自分自身と上手く向き合うことについては。

明日はまた休みになるので、ゆっくりゆったり自分のやりたいことをやる日にする。

17:34

河川敷

帰ってから家に居る間、眠気がひどく、仮眠を取ったりボーッとしていたりしたのだが、そのまま過ごしていると20時くらいまで寝落ちしてしまいそうだったので気を取り直して河川敷に移動した。

家のなかで倒立の練習なんかもしたのだが、眠気で身体が整ってなかったのだろう、昨日の感覚は思い出せても今までの身体の張り方をおざなりにしてしまい2つを両立できず、まともに止まれなかった。
昨日の倒立の練習が背中の筋肉痛に表れているので、神経や筋肉を酷使するのも良くないかもしれない。
今日は運動はせず、頭を使う作業に没頭することに決めた。

日の入りの早い季節に

家の中にいると、外の景色を窓越しにしか確認することができない。
しかも、目の前には他の建物が立っており全く視界がひらけていないため、外の様子は空が明るいかどうかくらいしかわからない。

これは日の入りが早い秋冬になると気分が塞がる原因になっている。
5時前になるともう空が真っ暗になるため、業後の自由時間が少ないと感じたり、明日に備えて寝る支度を整えなければならない、と焦燥感が募るようになる。

しかし外に出てみるとどうか。
空の暗さの割に、漂う雲はくっきりと輪郭を露わにしており、意外と地上から近いところに浮かんでいるように見えるのに驚く。
単に視界のひらけた河川敷にいるからそう感じるのかもしれないが、雲が低いからこそ帰って空が高く感じられ、家の中にいるのとは比較にならないくらい気分が鷹揚になるのを感じる。

心なしか、心情につられて文体も普段と違う雰囲気になるような自覚があって、雑記や散文ではなく、文芸を書くときには向いているロケーションかもしれないな、と思った。
今時、文章はどこにいても書けるが、どこにいても書けるからこそ、ルーティンとなる定位置を決めることで、集中力をもって執筆と向き合えるようになるのだと最近感じている。
いま毎日7000字日記書いてるから、説得力はあるはず。

細かいこと箇条書き

昨日のストレッチの効果

仕事の休憩中にストレッチをしていたとき、脊椎の伸展をやったら胸椎と肩関節がいつもよりも深く沈ませられるようになったのを実感した。
昨日のブリッジ・鳩のポーズの可動域ストレッチのおかげだと思うのだが、昨日やったことを翌日もきちんと身体が記憶してくれているのが判ると楽しくなる。
昨日今日での身体の変化に聡くあれるのは誇らしいことだ。
今日嬉しかったことの一つ。

他人と同じ下積みができないからしない

昨日、【落合陽一の未来予測】後半動画の感想を書いていたとき、インスタグラムのストーリーのほうでも動画の内容に関する文章を載せていた。
それが以下。

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実は当該動画について最も書きたかったのはこの内容のことだった。
昨日はこの話題を書く前に前提とするべき内容を書いていたら、それだけで時間が過ぎ去ってしまったので、今日は画像の文章の続きを丁寧に述べようと思っていた。

そして、ふとストーリーの既読欄を確認してみたら、面識のない高名なコンテンポラリーダンサー・演出家の方がこの投稿を見ていた。
どういう流れで私の投稿に行き着いたのかはわからないが、今シーンで活躍している人に自分の文章を読まれるのは単純に嬉しかった。

まだまだ界隈に居座っている年数も短く、顔も狭い私だけれど、物事を考える頭とそれを出力する力だけはそれなりに持っていると自負している。
その点だけは他の人より突出しているのではないかと思う。
そういったところが人の目に止まって、いずれ興味を持ってもらえるきっかけになればいいなと思っている。
ただし、私は拘りが強く協調性に欠けており、内容に納得できなければ他人の作る創作に上手に溶け込む努力できないところがある。
一般的なダンサーの下積みのやり方が私には向いていない。
自分は自分に摂ってベストだと思う形で自らをプロデュースしていく。それは日記を書く理由のひとつ。

今後の執筆方針

それに関連する話で、一つ改善しようとしていることがある。
雑多な内容を詰め込んだ日記を投稿するだけでなく、それに含まれる個々の内容を一つの独立した記事として、修正を加えて投稿し始めようかと思っている。

というのも、タイトルが無味味臭の極みで、内容を凝るだけでは駄目で、他人に見てもらえるようにするための工夫を加える必要があることに気づいたからだ。
ていうか最初からこの日記の書き方は、元々私に興味を持っている人にしか届かない、閉じた文章になるであろうことは想像がついていた。
ただ、まずは文量のある日記を毎日投稿する大量を身につけようと、その問題には一時的に目を瞑っていたのだった。

文章を書くとき、私は内容そのものよりも、修飾語や助詞の使い方や使う語彙の選択など、細かい部分を重視してしまう癖があり、一つの文章を書き上げるのに相当量の時間を必要とする人間だった。
ネット上に文章を載せ始めるにあたってまず克服したかったのがこの部分であり、1日に5000字を超えるサイズの文章を生産できるようになった今、それは克服できたのではないかと思う。
ある程度の質を担保しながら、こまめに読み直したりせずバッと書き切る。そういう作業ができるようになった。
100%を作ろうとせず、70~80%で満足できるようになったということだ。

そもそも、まずネタを考え始めてから文章を書くよりも。文章を書きながら書きたいものを探っていく方が、深度の高い内容が書けるし、たくさんのネタを発掘できることに気がついた。フリースタイルライティング的な。

執筆戦略

そこで次に取り組みたいのは、私が書いている文章の内容を、私のことを知らない人にも興味を持ってもらえるようにするためのきっかけを作ることだ。

毎日の日記の中で、そこだけを切り取ってコンテンツに出来そうなものはいくつも存在している。
昨日や一昨日の「AI」の文章なんか分かりやすくそうだし、トレーニングのフィードバックも継続して投稿すれば参考にしてくれる人が出てくるかもしれない、少しは将来性のあるコンテンツだと思う。

一昨日と昨日、試しにインスタやTwitterで日記のURLを公開してみたところ、それなりに反響はあり、それ以前よりもアクセス数が増えたのだが、日が経って徐々に関心が持たれなくなっていっているのを感じた。

いくら内容を濃くしていても、タイトルからその内容を推察できなければ誰かの興味は惹けないし、一つの記事の中に情報を詰め込みすぎてしまっていれば読む気を失う。

ここまで書いていて時間が18:49になってしまったので、続きは帰ってから書くことにする。
具体的にどうするかといえば、昨日の未消化タスクに残していた、「noteにはてなの日記記事を転載する」という方針を取ろうとしている。

 

21:23

17:34の見出しを書き終えてから、近くの書店に寄って本を物色した。
20:00に書店を出てそのあと徒歩で20:20に帰宅し、食事をしながらゆったりしていたら21:28になった。

投稿予約をしている22:00に間に合わなくなるので、今日はここで一旦区切りをつける。

今日読んだ本は『死ぬまでに知っておきたい日本美術』と『解剖学教室へようこそ』。

未消化リスト

11/26

・【落合陽一の未来予測】アウトプット(「聴いてくれる相手が機械か人かなんて、どうでもいいじゃないか!」)
・『広告の仕事』第1章のアウトプット

11/27

・noteにはてなの日記記事を転載する習慣の準備(具体的な戦略考察)
・書店でチェックした本の覚え書き
・ネットで注文した本の覚え書き
・『死ぬまでに知っておきたい日本美術』と『解剖学教室へようこそ』の覚え書き

「【落合陽一の未来予測】アウトプット」も「noteにはてなの日記記事を転載する習慣の準備」もそうなんだけど、書きたいと思うものを書くときその前に必要な前提認識について書くことで時間を消費して肝心なことが書けなくなってしまうな。
独りよがりに読み手に伝わらない文章を書くより何倍もいいし。本来、自分の本心からの主張はたった1日で書き切ることなんてできないものだから、これで構わない。

日々コツコツと考え続けていく。地道に行こう。

今日は4628字。